ラジオノート


はじめに

 ラジオに関しては世に多くの製作事例集が出版されている.ネットにも多くの製作記事が掲載されている.しかし,製作事例と電気・電子回路の基礎理論を同時に著した書籍は見当たらない.本稿の狙いは以下の通りである.

(1) ラジオの製作事例を紹介する.
(2) ラジオの回路理論を紹介する.

 本稿は大学の電気・電子工学科にて電気回路論,電子回路論を一通り学んだ学生を対象にしている.jωによる記号法,過渡現象論,トランジスタの等価回路,A, B, C級増幅回路,バイアス回路,発振回路,オペアンプ,ディジタル回路など一通りのことを教科書と板書による講義を通して学んだ学生に対して,ラジオというすばらしい応用課題を提供することを狙っている. エンジニアにとってのラジオの楽しさは,無味乾燥な電気回路論,電子回路論の成果が生き生きと耳に聞こえてくることである.学んだ内容の多くをあたかも生命が吹き込まれたように実感できることである.

 ラジオは古くさい技術ではない.ラジオが分かれば最新の通信技術で語られている技術的内容の多くを理解することができる.そして,何より,電気・電子工学の基礎である電気回路論,電子回路論を深く理解できる.

 本稿にてラジオの題材を選ぶに当たって,心がけたことは以下の通りである.

(1) 確実に動くこと.
(2) 部品がネット通販等により容易に入手できること.
(3) ブレッドボードで(ハンダ付けを極力しないで)作れること.
(4) 電子回路論の教科書に出てくる基本回路を基に構成されていること.

 ラジオは中波帯のAMラジオとした.筆者の居住地域である名古屋ではNHK第一(729kHz), NHK第二(909kHz),CBCラジオ(1053kHz),東海ラジオ(1332kHz)が聴けるラジオである.選んだ題材は以下の通りである.

(1) ストレートラジオ
(2) レフレックスラジオ
(3) スーパーへテロダインラジオ
(4) ソフトウェアラジオ

 ソフトウェアラジオは現代のラジオである.パソコン/マイコンを使ったソフトウェアラジオ,DSP (Digital Signal Processor)/FPGA (Field Programmable Gate Array)によるソフトウェアラジオなどの製作を体験すれば,読者はまさしく今の通信技術の入り口に立つことができる.

本稿により大学で電気・電子工学の基礎を学んだ学生が,これまでに学んだことをより深く理解し,そして,今学んでいること,これから学ぶことに,より多くの興味を持つことができれば,著者のこの上ない喜びである.
2010年1月

 本稿の第2〜7章の内容をまとめて「電子回路の基礎I(同調回路,高周波増幅回路)改訂版」「電子回路の基礎II(FET増幅回路,復調回路,低周波増幅回路)改訂版」「電子回路の基礎III(レフレックスラジオ)」と題してアマゾンよりkindle版として出版しています.各理論式の根拠などを詳しく勉強したい方にはこちらがお薦めです.全ての式の導出を詳述してあります.
2014年1月

2020年3月 名古屋大学を定年退職しました.

2021年5月「第20章 ベース接地増幅回路とミラー効果」をアップしました.

2022年10月「第21章 電波伝搬ノート」をアップしました.

2022年11月「第22章 カスコード増幅回路」をアップしました.


本稿を読んでいただいてご質問,ご意見などありましたら 下記宛てメールをお送りください.

  古橋 武
  名古屋大学大学名誉教授
  Email: furuhashi.takeshi*
   *に@gmail.comを入れてください.


目次(簡略)

I. ストレートラジオ

第1章 ストレートラジオの製作
第2章 同調回路
第3章 高周波増幅回路
第4章 FETラジオ
第5章 復調回路
第6章 低周波増幅回路

II. レフレックスラジオ 

第7章 レフレックスラジオの製作
第8章 レフレックスラジオの理論

III. スーパーへテロダインラジオ 

第 9章 スーパーへテロダインラジオの製作
第10章 混合回路
第11章 中間周波増幅回路

IV ソフトウェアラジオ

第12章 PICマイコンラジオ1(ストレート方式ソフトウェアラジオ)
第13章 PICマイコンラジオ2
(スーパーへテロダインラジオの混合回路を利用したソフトウェアラジオ)

第14章 PICマイコンラジオ3(エミッタ混合回路を利用したソフトウェアラジオ)
第15章 FPGAを用いたソフトウェアラジオ

V ラジオ雑記帳

第16章 LTspiceによるスーパーヘテロダインラジオの混合回路のシミュレーション
第17章 FMステレオ・トランスミッタの製作
第18章 FMステレオ・トランスミッタの製作
第19章 高校の物理からラジオへ(改訂版)
第20章 ベース接地増幅回路とミラー効果
第21章 電波伝搬ノート
第22章 カスコード増幅回路



目次(詳細)

I. ストレートラジオ

第1章 ストレートラジオの製作

1.1 組み立て
1.2 調整

第2章 同調回路

2.1 組み立て
2.2 理論:同調
2.3 理論:共振回路と次段の高周波増幅回路との接続 (アドバンストコース)

2.3.1 一次巻線と高周波増幅回路の接続
2.3.2 トランジスタの静電容量の影響
2.3.3 二次巻線と高周波増幅回路の接続

第3章 高周波増幅回路

3.1 組み立て
3.2 直流特性
3.3 直流特性_コレクタ電流変動値の推定

3.3.1 ベース・エミッタ間電圧VBEの変化の影響
3.3.2 コレクタ電流IC と電流増幅率hFE の関係の非線形性

3.4 小信号特性(概要)
3.5 1 [MHz]以下の周波数領域の特性(概要)
3.6 1 [MHz]以上の周波数領域の特性(概要)

3.6.1 エミッタの拡散容量の影響
3.6.2 コレクタ・ベース間の接合(空乏層)容量の影響(ミラー効果)
3.6.3 ミラー効果の精度のよい近似

3.7 プローブ,ブレッドボードの影響(概要)

3.7.1 FETソースフォロワ回路
3.7.2 プローブの静電容量の影響
3.7.3 ブレッドボードの漂遊容量の影響
3.7.4 カットオフ周波数10MHzの実現

第4章 FETラジオ

4.1 FET高周波増幅回路

4.1.1 組み立て

補記 2SK241の代替品2SK192Aとバイアス回路

4.1.2 調整
4.1.3 理論

4.2 FETソースフォロワ回路+2SC1815の高周波増幅回路

4.2.1 組み立て
4.2.2 調整
4.2.3 理論

4.3 FET高周波増幅回路+2SC1815高周波増幅回路

4.3.1 組み立て
4.3.2 調整
4.3.3 理論

第5章 復調回路

5.1 組み立て
5.2 理論

5.2.1 ダイオードの特性と復調波形
5.2.2 バイアス回路と復調波形
5.2.3 復調回路(II)

5.3 倍電圧検波回路

5.3.1 倍電圧検波回路(I)
5.3.2 バイアス回路付き倍電圧検波回路

第6章 低周波増幅回路

6.1 組み立て
6.2 理論: 直流特性
6.3 理論: 小信号等価回路
6.4 推奨ストレートラジオ

II. レフレックスラジオ 

第7章 レフレックスラジオの製作

7.1 組み立て
7.2 調整
7.3 レフレックスラジオ アラカルト(よく見かける回路図へ)

第8章 レフレックスラジオの理論

8.1 ストレートラジオからレフレックスラジオへ
8.2 レフレックスラジオの周波数特性

8.2.1 簡略等価回路
8.2.2 エミッタの拡散容量,コレクタ・ベース間の接合(空乏層)容量,

プローブの静電容量,ブレッドボードの漂遊容量を考慮

8.2.3 プローブの静電容量,ブレッドボードの漂遊容量を除く
8.2.4 コレクタ・ベース間の接合(空乏層)容量をミラー効果として入力側に考慮
8.2.5 コレクタ・ベース間の接合(空乏層)容量を除く

III. スーパーへテロダインラジオ 

第9章 スーパーへテロダインラジオの製作

9.1 組み立て
9.2 調整
9.3 充電池一個(電源電圧 1.25 [V])の試み

第10章 混合回路

10.1 周波数変換

10.1.1 起きている現象
10.1.2 理論:周波数変換

10.2 局部発振

10.2.1 起きている現象
10.2.2 理論:発振開始条件

第11章 中間周波増幅回路

11.1 起きている現象
11.2 理論:中間周波トランス
11.3 理論:中間周波増幅回路
11.4 理論:AGC回路
11.5 選択度の向上:遊び

IV ソフトウェアラジオ

第12章 PICマイコンラジオ1

− ストレート方式ソフトウェアラジオ−

dsPIC33FJ16GS502用ストレート方式ソフトウェアラジオのプログラム(圧縮ファイル)

12.1 ソフトウェアラジオとは
12.2 ストレート方式ソフトウェアラジオ

12.2.1 回路方式
12.2.2 組み立て
12.2.3 調整

第13章 PICマイコンラジオ2

− スーパーへテロダインラジオの混合回路を利用したソフトウェアラジオ−

dsPIC33FJ128GP802用ソフトウェアラジオのプログラム(圧縮ファイル)
2台のAMラジオで構成したFMラジオの音質(WAVファイル)

13.1 組み立て
13.2 エイリアスノイズ

13.2.1 余談− FM 放送の受信
13.2.2 後日談−中波帯ストレートラジオによるFM 放送の受信
13.2.3 後日談その2  2台のAMラジオを用いたFM ラジオの製作

13.3 オペアンプによるバンドパスフィルタ
13.4 オペアンプによる2 次のローパスフィルタ:
13.5 ソフトウェア:

13.5.1 main 関数内の処理
13.5.2 ADC1Interrupt 関数内の処理
13.5.3 A/D, D/A 変換モジュール内の処理

13.6 FIR フィルタ
13.7 調整
13.8 各部の波形

第14章 PICマイコンラジオ3

− エミッタ混合回路を利用したソフトウェアラジオ−

局部発振器にVCO(LTC1799)を用いて,局部発振周波数をマイコンにより制御して,
受信周波数を決定るするラジオ

dsPIC33FJ128GP802用ソフトウェアラジオのプログラム(圧縮ファイル)

14.1 組み立て
14.2 ソフトウェア:

14.2.1 main 関数内の処理
14.2.2 ICモジュール内の処理
14.2.3 IC1Interrupt()関数内の処理
14.2.4 ADC1Interrupt()関数内の処理

14.3 各部の波形

第15章 FPGAを用いたソフトウェアラジオ

BPF無しストレート方式ソフトウェアラジオのプログラム(圧縮ファイル, 1.26MB)
BPF有りストレート方式ソフトウェアラジオのプログラム(圧縮ファイル, 41.96MB)
スーパーへテロダイン方式ソフトウェアラジオのプログラム(圧縮ファイル, 57.4MB)

15.1 組み立て
15.2 ストレート方式ソフトウェアラジオ:

15.2.1 AD-DA 変換のテスト
15.2.2 ストレート方式ソフトウェアラジオ(バンドパスフィルタ無し)
15.2.3ストレート方式ソフトウェアラジオ(バンドパスフィルタ有り)

15.3 スーパーへテロダイン方式ソフトウェアラジオ

V. ラジオ雑記帳

第16章 LTspiceによるスーパーヘテロダインラジオの混合回路のシミュレーション

LTspiceの回路(圧縮ファイル)

16.1 はじめに
16.2 局部発振回路
16.3 中間周波トランス
16.4 局部発振回路の自励発振のシミュレーション
16.5 混合回路の自励発振のシミュレーション
16.6 混合回路による周波数変換のシミュレーション
16.7 まとめ

第17章 FMステレオ・トランスミッタの製作

− アナログスイッチによるコンポジット信号の生成 −

17.1 はじめに
17.2 FMトランスミッタの製作
17.3 ステレオコンポジット信号

第18章 FMステレオ・トランスミッタの製作

− PICマイコンによるコンポジット信号の生成 −

PICマイコンによるコンポジット信号生成プログラム(圧縮ファイル)

18.1 はじめに
18.2 FMトランスミッタの製作
18.3 ステレオコンポジット信号
18.4 ソフトウェア

第19章 高校の物理からラジオへ(再改訂版)

− ICを用いたAMラジオ受信機の製作 −

電波(電場と磁場の相互作用)の記述に間違いがありましたので,改訂版をアップしました.(令和5年10月)
高校生向けに開講した「学びの杜 電子工学探究講座」の講義内容を公開します.2時間で,座学とラジオの製作演習を実施しました.

19.1 地上波ラジオは大災害に強い!
19.2 電荷と電場
19.3 電流と磁場
19.4 磁場の変化と誘起電圧
19.5 大学の物理

19.5.1 磁場の変化と電場
19.5.2 電場の変化と磁場

19.6 電波(電場と磁場の相互作用)
19.7 同調回路とは
19.8 AM放送の仕組み
19.9 AMラジオ受信機の製作

回路図,立体配線図,部品

19.10 放送塔の方角とバーアンテナの誘起電圧

第20章 ベース接地増幅回路とミラー効果

 「ベース接地回路ではミラー効果が起きないために周波数特性が良い」は本当か?

 学生の時に「αカットオフ周波数 fαβ カットオフ周波数 fβ の間には fα >> fβ の関係がある.よって高周波増幅回路ではベース接地の方が有利になる.」との講義を聴き,なんとなく理解した気になっていました.50年近い歳月が過ぎ,今度は自分で電子回路の教科書を執筆しています.電子回路の基礎理論は50年経っても変わりません.変わったのは学生が講義中に利用できる教材です.安価なUSB計測器が電子回路の基礎実験に使えるレベルに達しました.ブレッドボードを使えば半田づけ作業が要らないので,ノートパソコン+USB計測器+ブレッドボードにより講義室内でも手軽に実験ができます.学生各自が座学の内容をその場で確認できる環境が整いました.電子回路は自分で組んで動かすと実に楽しいです.・・・・と筆者は実感しています.そこで,座学と実験を一体にした講義・学習をガイドする教科書を書いています.しかし,電子回路の基本である接地回路の実験でいきなりとまどいました.エミッタ接地増幅回路とベース接地増幅回路の周波数特性に違いが無かったからです.思えば,筆者が両増幅回路の比較実験をしたのは今回が初めてでした.

 インターネット上の「ベース接地ではコレクタ−ベース間の静電容量が直接接地されるためミラー効果は起きない」という説明には納得していませんでした.なぜならば,ベース接地増幅回路の等価回路がそうはなっていないからです.コレクタ−ベース間接合容量 CCj とグラウンドとの間にはベース拡がり抵抗 rbb' があり,CCj を流れる電流のほとんどは rbb' を通ります.この rbb' における電圧降下がミラー効果を引き起こします.ベース接地回路ではミラー効果は起きてはいるが,周波数特性への影響が小さいのだろうと実験前にはモヤモヤと考えていました.実験をしたことでミラー効果は抑制すらされていないことが分かりました.

 本稿では

1. ミラー効果はエミッタ接地増幅回路でもベース接地増幅回路でも同等に起きている.
2. ベース接地増幅回路では信号源の内部抵抗が負帰還の働きをすることで,周波数特性が良くなる.

という結論を導き出しました.本稿の解析方法でカスコード増幅回路の周波数特性も説明できるので,間違いではないと思います.

 しかし,「αカットオフ周波数 fαβ カットオフ周波数 fβ の間には fα >> fβ の関係がある.よって高周波増幅回路ではベース接地の方が有利になる.」を実現する使い方が依然分かっていません.筆者の検討が片手落ちであることを怖れているとともに,読者の皆さんからのフィードバックにより,さらに電子回路の理解が進めばと楽しみにしています.
令和3年5月1日

第21章 電波伝搬ノート

 電波伝搬のしくみの直感的説明は間違っていないか?

  電波は電界と磁界の相互作用で伝わることの直感的説明が電磁気学の書籍,そしてネットにてなされています.しかし,その多くが間違っているのではないか?不正確ではないか?と疑問に思うようになりました.筆者自身もかつて間違った記事を書いてしまっていました.恥ずかしい限りです.その疑問を本稿にまとめ,筆者の(正しい(?))理解を記します.読者のご意見,ご感想を歓迎します.

なお,筆者は電磁波工学の素人です.最近,浅学もかえりみず,電磁気学の教材作りの機会を得たので,学部生のときに学んだ知識を基に,手元の数冊の電磁気学の本と名古屋大学中央図書館の蔵書とネット情報を頼りに執筆を進めました.その過程で,電波伝搬の仕組みに関する記述に大きな疑問を抱いた次第です.
令和4年10月5日

第22章 カスコード増幅回路

第20章にて,

1. ミラー効果はエミッタ接地増幅回路でもベース接地増幅回路でも同等に起きている.
2. ベース接地増幅回路では信号源の内部抵抗Rsが負帰還の働きをすることで,周波数特性が良くなる.

という結論を導き出しました.本稿では,同章の解析手法をカスコード増幅回路に適用し,以下の結論が得られることを,実験,シミュレーション,理論により示します.

1.信号電圧源の内部抵抗 Rs = 0 の場合,エミッタ接地増幅回路とベース接地増幅回路の周波数特性は一致する.この周波数特性は電圧増幅度,カットオフ周波数が共に高い良好な特性である.
2.カスコード増幅回路の特徴は,Rs > 0 でありながら,Rs = 0 の場合のエミッタ/ベース接地増幅回路と同程度の良好な周波数特性を持つことである.
3.この特徴は,前段のエミッタ接地増幅回路でミラー効果が抑えられること,そして,後段のベース接地増幅回路で,等価的に Rs = 0 となることによる.


令和4年11月25日
令和5年11月28日改訂

  古橋 武
  名古屋大学大学名誉教授
  Email: furuhashi.takeshi*

  *に@gmail.comを入れてください.


参考文献

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